ピアノ万華鏡

ピアノ教授法

今日は芸高のレッスンの後、上野学園での“ピアノ教授法研究会”に駆け込み、途中からですが参加できました。

講師は、芸大名誉教授の小林仁先生。
学生の持ってきた曲を通し、「演奏する」という本質を教えていただけたことが素晴らしいと思いました。
大学で教えているとこのような貴重な機会をもらえるので、ありがたいです。
自分で分かっていても、それを“言葉”にしてどう伝えるか、とても勉強になりました。

●“良い音”とはどういうものなのか。
聞き手がはっきりと良いメロディーとしてわかる(ピアノはオーケストラとも言われるように、伴奏、和音・・・と音が多くどうしてもぐちゃぐちゃに聴こえてしまう)
自分でも聞こえない音は聴衆にも聞こえない。
●ピアノは面白い楽器なんだと分かれば、壁にぶつかった時乗り越えられる。
●「あのピアニストは良い音、個性的な音!」というのは、その人の背後にあるもの、何を考えているのか(例えばオーケストレーションだったり・・・)が現われるから。
●どう演奏していいのか分からなくなったら、迷ったら、作曲家の書いた“楽譜”を見直す。
CDは結論として出てきたもので、その結論を真似してみても意味がない。その曲をどう捉えたか、楽譜を見て自分で考える経過が大切。

自分より上手な人、下手な人はたくさんいますが、その曲をどう捉えて表現するかが大切と、おっしゃっていましたが、自分にも置き換えて励みになりました!
演奏者の隠れた背後にあるもの、性格・人生経験など全て出てしまうからこそ、一人一人演奏する意味があるのですよね。
私も学生の時は、「素晴らしい、私より上手はピアニストはいっぱいいる。私が演奏する意味はあるのか」とよく悩みました。
生の演奏は、本当に素晴らしいもの。皆さん、がんばっていきましょうね♪
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コメントコメント


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他の演奏者の真似・・・。
そもそも真似しようと思っても、そうなかなか出来るものじゃないんですけどね。
もし本当に他者の演奏を真似できる人がいるのなら、その方は間違いなく今世紀を代表する優れたピアニストでしょう。自我を抑え他人の演奏を理解し更に再現することは並大抵の努力では適わないことであり、自分がどう足掻いてもやりようの無いという畏怖の念すら覚えさせる事と思います。
その意味ではむしろ他人の演奏を真似するという行為は真剣に相手と向き合い冷静に思考するための良い機会であるような気もします。

又、他人の演奏を完璧に真似することが出来た時それは音楽を通して他人とのコミュニケーションが真に成立したと言えるのではないでしょうか。

ぴょん | URL | 2010/03/04 (Thu) 17:23 [編集]


Re: タイトルなし

貴重なコメントをいただき気になりながら、すっかりお返事が遅くなり申し訳ございませんv-436

私も学生の頃はアルゲリッチやキーシンのショパンに魅せられて真似しようとしたり、
ウィーンでは大好きなウィーン人ピアニストのコンサートにはどんな小さなものでも駆けつけ、どうしたらあんなに温かい優しい音が出せるのか、と生活スタイルや性格を真似てみたりたものです!!
今でも、ブレンデルのシューベルトが大好きで何度もCDを聴いていますし、少しでも近づきたいと彼の本を読んだりしています。

ぴょんさんのおっしゃる通り、“本当に”真似できたらすごいことです!
私も体験して、その後だいぶたって実感しましたが、その当時何も分からず上辺だけ真似していても自分の演奏になっていなかったのですね。音楽の本質、その人の内面や考え方、感じ方などまで近付ければいいな、と思います。
自分の演奏が少しでも成長、進歩できるよう、いろんな方法でがんばっていきたいです。



Tomomi Hoshiko | URL | 2010/05/23 (Sun) 22:24 [編集]


 
 

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